【インド洋大津波に関する解説及び課題】

東北大学大学院工学研究所
附属災害制御研究センター
教 授今村文彦


1.はじめに
 平成16年12月26日午前8時頃(現地時間)に発生したスマトラ北西部沖地震(M9.0)は、ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートの境界でのプレート間地震であり、余震観測から震源域は約千キロメートルにも達し、この地域でも最大級の規模となった。地震より生じた津波は、直後にインドネシア沿岸を襲い、その後、タイ、マレーシア、バングラディッシュ、さらにはインド東岸、スリランカ(波源から1,600km)にも達した。驚くべき事に、アフリカ(波源から約6,000km)および南極へも来襲した。このようなインド洋全域に影響した津波は初めてである。犠牲者は30万人を超え、感染症などの2次災害も懸念されている。記録に残っている津波災害の中でも最悪となるであろう。この地域では、マグニチュード8以上の地震は、歴史的に1797、1833、1861年に発生しており、前回から約150年を経過している。また、インドネシアでも大きな被害を生じさせた津波は、1883年クラカタウ火山性津波を除いて、ないと言える。そのため、住民にとっては津波に対する知識・認識が低かったと言え、環太平洋での津波警報システムがないために津波情報が出されないまま、不意打ちの来襲を受けたことになる。

《インドネシア Banda Aceh (バンダアチェ)》 同じ場所での比較衛星画像
津波到達前のBanda Aceh (バンダアチェ)

津波到達後のBanda Aceh (バンダアチェ)(2004.12.28撮影)

2.地震と津波発生状況
 今回の津波は、プレート間での低角逆断層により海底地盤が変位し発生したものと推定される。上盤側のユーラシアプレートが跳ね返ったために、主に隆起された海底変動により、水面が上昇し、押し波の津波が生じたと思われる。これは主にインド洋へ向かって伝幡することになる。この地域は震源からも遠いために、地震の揺れも小さく、また突然の津波による水位上昇が沿岸地域を飲み込んでいった。一方、波源の東側では、プレートの跳ね返りに引っ張られるため海底の沈下が生じ、水位が低下したために、引き波の津波がタイ、マレーシア側向かったと考えられる。この周辺では、水面の低下が始まり、その後に続く津波の押し波で大きな被害が生じた。地震の揺れや引き波という前兆があったにも関わらず、住民や観光客にとって津波来襲という認識がなく避難できなかったと思われる。  現在、地震発生後に、地震の規模や断層パラメータが推定されれば、海底の変位量や津波の初期波形が求められ、その後、数値シミュレーションにより、逐次、津波の挙動を再現することが出来る。正の津波が西側へ、負の津波が東側へ伝幡してく様子が分かる。西側のインド洋は海底水深が約4,000mであり、そこでの津波の伝幡速度は時速約700キロに達し、僅か2時間でインド東沿岸やスリランカに到達している。一方、アンダマン海では、平均水深が400mであり、伝幡速度は時速200キロ以下になる。このため、タイやマレーシアにも2時間程度の時間で津波が到達することになる。このような数値シミュレーションにより詳細な情報が得られるが、実際の現地データと照らし合わせて、その再現性の確認はしなければならない。特に、今回のような巨大地震による津波の発生メカニズムは従来の理論で説明できるかは学術的な検討の要点である。

《スリランカ Kalutara (カルタラ)》 同じ場所での比較衛星画像
津波到達前のKalutara (カルタラ)

津波到達後のKalutara (カルタラ)(地震発生4時間後撮影)

3.被害などの特徴
 M9による地震と津波による被害は甚大である。今現在でも正確な実態を把握することはできない。被害が大きい地域ほど連絡をとることが難しく、情報が得られないからである。ここでは、被害の概要のみを紹介したい。まず、最も被害の大きかった地域は、インドネシア・スマトラ島であり、強震動と突然の大津波の来襲により沿岸地域は壊滅に近い状態であったと推定される。これは我が国で心配される南海トラフ(海溝型であり直下型に近い巨大地震・津波)と被害像は類似している。タイやマレーシアでは、観光地を中心に大きな被害を出した。犠牲者の8割は外国人観光客であると報道されている。日本人も含んだリゾート地での突然の大災害となった。さらに、インド、スリランカでも多大な被害を出している。特に、スリランカでは東部、南部の海岸沿いのほか、南西部のコロンボでも被害が出るなど、死者は4万人を超えるとみられている。海岸沿いでは集落が丸ごとなぎ倒されたように破壊された。 AP通信によると、コロンボの南部では海岸で収容された遺体が路上に並べられ、行方不明の家族を捜す住民たちが幾重にも取り巻いたと報告されている。モルディブには26日午前9時(日本時間午後1時)すぎ、津波が押し寄せ、首都マレでは、ほとんどの道路が冠水した。モルディブは約1,200のサンゴ礁の島でできており、海抜はわずか最高1.8m。ホテルはクリスマス休暇の観光客らで満室状態であり、津波は大きな傷跡を残した。  現地からの膨大な映像がテレビを通じて報道されている。ビデオカメラなどが普及し、観光地などでは多くの方が手元に持っていたからであろう。これらの来襲する津波の映像は学術的に大変重要である。これらを収集して、衛星画像や数値シミュレーションなどと併せて解析を実施する必要がある。1983年、日本海中部地震津波を除いて津波の映像はほとんど無い中で、大変貴重な情報となった。

《スリランカ Kalutara (カルタラ)》
津波到達後のKalutara (カルタラ)(2004.12.26 地震発生4時間後撮影)

4.重要な課題
 最後に、現在考えられる課題を以下にまとめたい。これらは我が国の防災対策の向上にも貢献できるものと期待する。

1)巨大地震および津波の発生メカニズムの解明
この地域で、何故これだけ巨大な地震および津波が発生したのか?今後も発生する可能性があるのか?を余震データ観測や地震波解析で検討する必要がある。

2)現地での災害実態の詳細な情報調査
来襲する津波の動画の収集と解析を実施する。1983年日本海中部地震津波を除いて津波の映像はほとんど無い中で、今回各地で津波の動画が記録されている。これを収集し、津波の挙動に関して動的な解析をし、実態の解明に寄与させる。また、津波到達高の調査や住民・行政へのインタビューも行い、社会・住民の防災に対する現状も整理し、自然外力と脆弱性の実態を明らかにする。特に、人的被害が集中したスリランカとインドでの被害発生メカニズムを検討する。

3)インド洋沿岸各国での防災対策の提言
インド洋全体を対象とした津波伝播のシミュレーション。ベンガル湾だけでなく、インド洋全体、とくにアフリカ東岸諸国でのハザード解析、被害がまだ報告されていない実態を把握し、我が国の防災技術が貢献でき、対象国で実施できる対策案を提言する。特に、インド洋を対象とした国際的な津波警報発令の国際的な仕組みの検討をする。太平洋に設置されているインド洋における津波警報センターの設置をできれば日本のイニシァティブで実現する可能性を検討する。

4)広域的なプレート境界地震の強震動分布の把握とそれにもとづく被害 (地震特性)
地震学に関する知見を駆使して、今回の地震波と地震動の特性、予想される東海・東南海・南海地震の際の強震動の特性の予測精度の向上をはかる。さらに、地震の揺れや液状化の被害特性を明らかにする。 今回、被災直後の速報として出した。今後,詳細な現地調査や総合的な解析が実施され、さらに全貌が判明し,課題も抽出されると思われる。広域な地域での今回の被害調査研究は、長い時間スパンで対応して、被災地域への復興・普及への支援を行い,我が国の来るべき大災害への教訓も整理する使命がある。

《今村文彦氏撮影 現地写真》

スリランカ南西海岸での家屋の被害状況

スリランカ南西海岸で唯一残された建物,後ろの植生で保護された?

スリランカ南西海岸の被害状況

今村文彦氏
津波研究の権威。東北大学大学院教授。附属災害制御研究所センター長。内閣府中央防災会議 東南海・南海地震等に関する専門調査会委員など務める。インド洋大津波に際し『インド洋地震津波災害調査研究グループ』の主要メンバーとして被災地に赴いた。

衛星画像提供:日立ソフトウェアエンジニアリング株式会社

東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センターHP
http://www.tsunami.civil.tohoku.ac.jp/

京都大学防災研究所のインド洋大津波のHP
http://www.drs.dpri.kyoto-u.ac.jp/sumatra/index-j.html





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